発表のポイント
- 奄美大島で行われている外来種フイリマングース(注1)の防除事業により、島に固有の6種の脊椎動物(アマミノクロウサギ、カエル類3種、ネズミ類2種)の個体数が、顕著に回復していることが明らかになった。
- 固有種の回復度合いを測る数値目標の算出法を新たに提示し、マングース以外の外来種(クマネズミ)は増加していないことを確認した。
- 世界自然遺産の候補地である奄美・琉球では、マングースの負の影響を軽減し、固有種を回復させることに取り組んでいるため、本研究の成果は世界自然遺産への登録に弾みがつくと期待される。
発表概要
奄美大島は、アマミノクロウサギをはじめ、世界でこの地域にしか生息しない数多くの固有種がみられ、世界の生物多様性の保全の上で最も重要な地域の一つである。しかし、1979年に毒蛇ハブを駆除するために導入された外来種フイリマングースが増加し、固有種を捕食することにより、固有種が相次いで激減してしまった。その対策として、2000年から環境省那覇自然環境事務所により「奄美大島におけるジャワマングース防除事業」(注2)が行われてきたが、本事業により固有種が十分に回復している科学的な根拠を示す必要があった。
東京大学大学院農学生命科学研究科の宮下直教授と国立環境研究所生物・生態系環境研究センターの深澤圭太研究員、一般社団法人日本森林技術協会の亘悠哉専門技師らの研究グループは、奄美大島で継続中の防除事業により、奄美・琉球地方に固有の脊椎動物6種(注3)が順調に個体数を回復していることを明らかにした。特に、アマミノクロウサギとカエル類3種は個体数が激減した地域でも大幅に回復し、マングース侵入前の密度にまで回復している場所もあった。また、マングースの駆除により増加が懸念されていた別の外来種クマネズミの増加は見られず、在来のケナガネズミとアマミトゲネズミの個体数は順調に回復していた。
外来種の駆除による固有種の回復は、近年報告されつつあるが、本研究のように多数の脊椎動物の固有種が回復していることや、駆除対象以外の外来種の増加がみられないことを評価した例は世界でも類を見ない。さらに、固有種の回復度合いを測る数値目標の算出法を新たに開発したことも注目に値する。
奄美大島では現在、世界自然遺産への登録に向けたさまざまな活動の一環としてマングースの影響を軽減し、固有種を回復させることに取り組んでいる。本成果は環境省の防除事業が大きな成果を収めていることを科学的に示したものであり、世界自然遺産への登録に弾みがつくことが期待される。なお、本研究の成果は同時期に2本の学術論文として発表された。
発表内容
研究背景
奄美大島は、アマミノクロウサギをはじめ、世界でこの地域にしか生息しない数多くの固有種がみられ、世界の生物多様性の保全の上で最も重要な地域の一つである。しかし、1979年に毒蛇ハブを駆除するために導入されたフイリマングースが増加し、固有種を捕食することにより、固有種が相次いで激減してしまった。その対策として、2000年から環境省那覇自然環境事務所により、「奄美大島におけるジャワマングース防除事業」(注2)が行われてきた。その結果、マングースの個体数は大幅に減少したものの、いまだに根絶には至っていない。こうした状況下で今後とも防除事業を根絶達成まで継続する上でも、本事業により保全の対象である固有種が十分に回復していることを示す科学的根拠を提示することが望まれていた。
研究内容
そこで、東京大学と日本森林技術協会が主体となり、2003年から2011年までに計5回、林道沿いを車で移動中に目視した生物の個体数をカウントするという方法(固有種のモニタリング調査)を行った(論文1)。こうして得たデータを用い、マングース侵入以前の個体数の上限値である「環境収容力」を、ロジスティック式(注4)を変形した数理モデルを用いて推定した。その結果、アマミノクロウサギ、アマミイシカワガエル、オットンガエル、アマミハナサキガエルの4種は、マングースの減少とともに大幅に個体数が回復しており、すでに環境収容力に達している地域もあることがわかった。従来の外来種の駆除事業においては、在来種がどの程度数を回復させればよいかの具体的な数値目標がなかったが、本研究ではモニタリングデータを使って「環境収容力」とよばれる個体数の上限値を推定することに成功した。この方法は、外来種駆除の達成度を測る数値目標を算出する一般的な方法として、今後さまざまな事例に適用されることが期待される。
つぎに、国立環境研究所が主体となり、マングース防除事業で収集・蓄積されたデータから、林道沿いの車の調査ではモニタリングが困難な在来のネズミ類(ケナガネズミ、アマミトゲネズミ)や外来のクマネズミの個体数の変化を解析した(論文2)。その結果、マングースの減少とともに在来のネズミ類では顕著な増加が見られたのに対し、外来種であるクマネズミでは増加傾向は認められなかった。またマングースの影響とは別に、森林が広がる環境では在来のネズミ類が増える一方、農地や市街地が広がる環境では外来のクマネズミが増える可能性が示された。これは、在来のネズミ類を保全し、外来のクマネズミを増やさないためには、森林環境の保全も重要であることを意味している。
2つの研究における方法論上の共通点は、ともに長期的なモニタリングデータから在来種の回復程度を推定し、外来種の駆除の効果を定量的に評価していることである。これは、従来とかく外来種の減少や根絶の成否のみに向けられてきた評価法の再考を迫るものであり、世界的にみてもインパクトの大きい成果である。
社会的意義
奄美大島では現在、世界自然遺産への登録に向けたさまざまな活動が進行中であり、その一環としてマングースの影響を軽減し、固有種を回復させることが大きな課題の一つであった。今回の研究成果は、環境省が推進してきた防除事業が大きな成果を収めていることを科学的に示したものであり、世界自然遺産への登録に弾みがつくと期待される。
今後の課題は主に2つ挙げられる。一つ目は、マングースが激減したとはいえ、いまだに根絶には至っておらず、長期間マングースが定着していた地域では、固有種の回復が見られない場所もあるため、その解決が待たれる。二つ目は、マングース対策だけではなく、自然生態系の保護区の拡充や、ノネコなどの別の外来種への対策などの課題を解決していく必要がある。今後もマングースの防除事業を継続するとともに、在来種や他の外来種のモニタリングを長期的に継続し、在来生態系の回復過程を注視していく必要がある。
なお、本研究の成果は下記の2つの学術雑誌に掲載された。また、 [論文1]は、グローバルCOEプログラム「自然共生社会を拓くアジア保全生態学」、日本学術振興会特別研究費18-10840、20-10113の助成を受けた。[論文2]は、環境省環境研究総合推進費(課題番号:D-1101)の助成を受け、国立環境研第3期中期計画・生物多様性研究プログラムの一 環として実施された。さらに[論文2]のデータは、環境省那覇自然環境事務所が実施する「奄美大島におけるジャワマングース防除事業」により得られた。
発表雑誌1
雑誌名
Ecology and Evolution 10月29日
論文タイトル
Evaluating the “recovery-level” of endangered species without prior information before alien invasion.
著者
Watari Y., Nishijima S., Fukasawa M., Yamada F., Abe S., Miyashita T.
DOI番号
10.1002/ece3.863
アブストラクト
発表雑誌2
雑誌名
Proceedings of Royal Society B: Biological Sciences. 11月6日
論文タイトル
Differential population responses of native and alien rodents to an invasive predator, habitat alteration, and plant masting.
著者
Fukasawa K., Miyashita T., Hashimoto T., Tatara M., and Abe S.
DOI番号
10.1098/rspb.2013.2075
アブストラクト
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 生物多様性科学研究室
教授 宮下 直(みやした ただし)
Tel:03-5814-7455
Fax:03-5814-8192
研究室URL: https://www.es.a.u-tokyo.ac.jp/bs/
用語解説
注1 フイリマングース
フイリマングースはアジア原産の肉食の哺乳類。奄美大島の在来種を捕食することにより、在来種の激減の要因となっているほか、農作物への被害をもたらしている。
注2 「奄美大島におけるジャワマングース防除事業」
日本に定着したマングースは、これまでジャワマングースと言われていたが、その後の遺伝的な研究からジャワマングースとフイリマングースの2種に分類されることが明らかになった。日本に導入されているのは後者(フイリマングース)で、この結果を受けて、外来生物法上の特定外来生物に政令改正を経てフイリマングースが特定外来生物に指定され、2013年9月1日より規制が開始された。
注3 奄美・琉球地方に固有の脊椎動物6種
奄美・琉球に固有の脊椎動物6種の種名(分布島)は次の通り。アマミノクロウサギ(奄美大島、徳之島)、アマミイシカワガエル(奄美大島)、オットンガエル(奄美大島、加計呂麻島)、アマミハナサキガエル(奄美大島、徳之島)、ケナガネズミ(奄美大島、徳之島、沖縄島)、アマミトゲネズミ(奄美大島)。
注4 ロジスティック式
生物の個体数の増加を表す数学的なモデルで、生態学では最も基本的なモデルである。個体数の増加とともに増加率が低下し、やがて環境収容力とよばれる一定の値に近づく。